碇敏之ふつうのおじさん 社長ブログ

2017.09.20

当たり前にある事の違和感を覚えた日

去る7月18日、関東地方に局地的な異常気象が発生しました。

 

私たちのオフィスがある豊島区池袋の周辺でも、非常に大きな雹が降りました。

 

この雹によって、自分が4~5ヶ月ほどに渡りいろんな意味で気になり観察していた、ある物体に終止符が打たれる事になったんです。

 

このある物体とはテイクアウトのカフェラテなんですが、

 

 

どこぞの誰かが置き忘れたのか、はたまた故意に置いたのかは分かりませんが、中の乳成分は完全に水が分離し、カビらしきものが中に繁殖し、プラケースの内側の様子は何か黒いものがうごめいているようにも見えるほどでした。

 

これそのものは自分がオフィスの近くに借りている駐車場のフェンスの上に置かれていて、本来であれば片づけるべきものではあるのでしょうが、結果的にはこれがどうなっていくのか、かなりの強風でもかなりの大雨でも決して倒れることのないこいつをいつまでここにあり続けられるかも含め観察を続けていました。

 

(ま~、実際触るのもなかなかの代物でしたが)

 

駐車場自体は車が15台ほど止められるところなので、他の人たちも絶対に気づいているはずだし、もしかするとこの中の誰かが犯人かも知れないし、ただかれこれ数か月もここにあり続けられること自体がすごいし、中の様子も日に日に変化していくのを見て、自分のなかでもかなり気になるものにはなって来ていました。

 

結局は処分しなければいけない物なんですが、なぜかそこにあり続けることが当たり前になってきたころのことです…

 

突然の雹の飛来により、この数か月あり続けたものもさすがに打倒されていました。いつもの帰り道あると思っているはずのものが見当たらない。

 

「まさか、あの強風でや豪雨でも倒れなかったあいつが・・・」

 

そして周囲の地面を見渡した時に、中身が全て流れ出し、プラスチックの容器だけが転がっていた様を見て、自分のなかで何となくの喪失感を感じました。例えこんなものだとしても、長い間、見親しんだものであれば、自分のなかに何か残るものはあるという事なんでしょうね。

 

そう考えると、日常の中でも人や周囲にあるものも含めて、自分を取り巻く環境に置き換えて、ある事が当たり前になる事の違和感を覚えた瞬間でした。

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